「睡眠が整えば変わる」なんて綺麗事だと思っていた
眠れないのは年齢のせいだと思っていた
夜中に1〜2時間ごとに目が覚める。
まとまって眠れるのは2時間ほど。
トータルで4〜6時間眠れたらいい方。
週末は電池が切れたように12時間眠る。
アラフォーにもなると、こんなものだろう。
私はずっとそう思っていました。
働きたい気持ちはある。
でも体力がもたない。
週3日、4〜5時間が限界かもしれない。
睡眠の質も量も崩れている状態が当たり前になり、改善しようとも、できるとも思っていませんでした。
「睡眠が整えば変わる」なんて、綺麗事に聞こえていました。
睡眠の話題がつらかった
えさかに通い始めたころ、体調確認のときに睡眠のことを聞かれるのが本当に嫌でした。
支援員さんは事実を確認しているだけ。
でも私の中では、それが「ちゃんとできていませんね」と言われているように感じてしまう。
「6時間睡眠だったんですね」
「中途覚醒があったんですね」
その言葉が責める声に変換されていました。
だから最初は「睡眠のことは触れないでほしい」とお願いしていました。
それくらい、私は追い詰められていたのだと思います。
無理強いされなかったという安心
まずは1時間でも2時間でもいいから通う。
それだけを目標に通所し続けていました。
睡眠については、自分から言う分にはしんどくなかったので、ただ報告を聞いてもらってました。
そうすると、不思議なことに、いつからか睡眠の話題が嫌ではなくなっていきました。
たくさん眠れてスッキリしたことを伝えると、支援員さんが一緒に喜んでくれる。
そのことが素直にうれしくなりました。
振り返ってみても何が決定的だったのかはうまく言えません。
でもはっきりしているのは無理強いも正論での追い込みも一度もなかったこと。
「もっと頑張りましょう」
「中途覚醒をなくしましょう」
そんな言葉はありませんでした。
はじめは疑っていました。
でも本当にありませんでした。
その積み重ねが、「ここでは責められない」という安心に変わっていったのだと思います。
睡眠は“構造”から整っていった
えさかでは、いきなり睡眠を改善しようとはしませんでした。
代わりに見ていったのは、生活の土台や思考の癖です。
私の場合、睡眠に影響していたのは
・できない自分を責める癖
・やり残しを抱えたまま眠る毎日
・安心不足のまま無理に動く習慣
でした。
私は布団に入っても、無意識に頭の中で自分を裁き続けていたんだと思います。
面談で頭の中のモヤを整理しながら
「今日はどちらに進むかだけ決める」
そんな小さな選択を重ねて、はじめて睡眠状況が少しずつ改善していきました。
高木さんが繰り返し伝えている
「自分で決めて、自分でやる」
それは、自分の選択を自分で引き受けるということ。
ときどき孤独を感じることもありました。
でも、ひとりではなかった。
その安心が少しずつ積み重なったとき、気づけば睡眠が整い始めていました。
体力が戻ると、動ける時間も変わった
細切れだった睡眠は中途覚醒が減り、
7〜9時間眠れる日が増えていきました。
朝の頭の重さや体のだるさが軽くなる。
すると自然と、週5〜6日、4〜6時間通所しても家事ができるようになっていました。
これは根性ではありません。
睡眠という土台が整った結果です。
vもし、あなたも同じなら
働きたいのに体力がもたない
寝ても疲れが取れない
睡眠の話題がつらい
責められるのが怖い
それは意志が弱いからではなく、年齢だけの問題でもないのかもしれません。
えさかは、働く練習だけをする場所ではなく、生活と安心の土台を一緒に整えていく場所です。いきなり利用を決めなくても大丈夫です。
見学や相談だけでもできます。
体力がもたないのは、弱さではなく、整え直せる構造がまだ残っているサインなのかもしれません。