どうにもならないことに不安になりすぎてしまう人へ
私は適応障害を発症して休職し、現在えさかに通所しています。えさかに通う中で、自分がなぜ「どうにもならないこと」に強い不安を感じていたのか、少しずつ見えてきました。ここでは、その気づきについて書きます。特に、地震や社会不安など、自分ではどうにもならないことに不安になりすぎてしまう人に読んでほしいです。
泣きながら当日予約で病院を受診した日に、主治医から「命に関わる心配をされる言葉」をかけられました。その時は、なぜそんなことを言われるのだろう、と不思議に思いました。泣いていて、体幹がなくなったのかと思うほど身体に変な力が入り、動きづらく、明らかに調子を崩している様子ではありましたが、それでも意外だったのです。というのも、その頃の私は、いつもよりも強く「生きている実感」を感じていたからです。
私は、すでに退職された支援員さんの影響を強く受け、その方が在職されていた4年間、無意識のうちにその生き方や選択をなぞっていました。その方が退職された後に調子を崩し、なんでも相談会や面談などで相談しましたが、思っていた以上に、その存在は私の中に深く入り込んでいました。その方を手本にする形で職を選び、住む場所も選んでいました。
そうした経緯で選んだ会社で、アルバイトから正社員にしていただきましたが、都合の良さを優先した選択だったため、特別にやりたい仕事だったわけではありませんでした。それでも3年も経つと情が湧き、責任も生まれ、「続けたくない、でも辞めるのも心苦しい」という状態になっていました。
倒れるまで、そうした気持ちは自分でもはっきりとは見えていませんでした。仕事も家もあり、友人もいて、周囲から見れば幸せなはずなのに、自助会を開催するなど何か行動を起こさないと、自分が消えてしまいそうな感覚がありました。生きている実感は乏しく、地震やニュースで目にする出来事を過剰に心配していましたが、振り返ると、本当は自分の責任ではないかたちで、会社やそれまでの生活から離れたかったのだと思います。
真似をしていて、うまくいっているように見えても、心が伴っていなかった。私は自分の人生を生きている感覚を失っていたから、消えそうになっていたのだと、今は思います。
どうにもならないことを過剰に心配したり、消えてしまいたいと感じている人は、もしかしたら、自分からの大事なサインを見失っているのかもしれません。私は今、えさかに通いながら、自分の人生を自分で選び、決めて生きられるよう、少しずつ練習をしています。同じような不安を抱えている方の参考になれば幸いです。