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障害を免罪符にしない

私の「発達障害」という言葉を深く知るきっかけは、大学二年生の「高次脳機能障害学」という授業を受けたときでした。

「注意欠陥多動性障害」のチェックリストを試すと、まるで自分の性格診断をしているよう。

「マンガでわかるADHD」を読むと自分の日常生活記録のようでした。

その頃から私はバイト先や大学の実習先で失敗して怒られるたびに「だって私発達障害だしな…」と心の中で唱えていた気がします。

高木さんと出会って考え方が180度変わったことは
「自分はどうなりたいの?」と問いかけられたことが一つのきっかけだった気がします。

今までは
「発達障害だからしょうがない」
「発達障害だから配慮をしてほしい」
と発達障害を理由に自分は一切変わる姿勢がなかったことに痛々しくも気づかされました。

出来ない理由に「発達障害」を使っていたんですよね。
周りが配慮不足・指導不足で私は何も悪くないと思っていた。

大阪にきて
仕事が出来るようになりたいから〇〇を出来るようになる
人と関われるようになりたいから○○を練習する
という考え方にシフトしていったら

気付いたら発達障害の特性だと思っていた忘れっぽいことも、
注意を払うことが苦手なことも、喋りすぎちゃうことも、課題に取り掛かることが遅くなることも、目立たなくなっていったり

原因が発達障害だから「ではない」ことに気付けました。

「発達障害は脳の特性で変わらないから配慮をして」
という考え方から
「私凸凹はあるけど、○○出来るようになるために~という工夫をしていこう!」
という気持ちが出てくると、生きることのしんどさも少し軽くなるかもしれないね。

by こてこてぽっか(@ktktpkk

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